ヨギプロダクション・劇団め組のある、吉祥寺の魅力をYOGIDASならではのこだわり(独断と偏見)の視点で徹底解明?してしまおう!という“日本初”ドキュメンタリー系ブログです。
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ホテルニューヨーク
ホテルニューヨーク、そそり立つシンボルは既に粗大ゴミ化
2009083101
 地元ではおなじみの「ホテルニューヨーク」は、「吉祥寺シアター」から目と鼻の先にあります。このホテルが出来てから長いこと、東京方面に向かう電車の進行方向左側の窓から、このホテルのシンボルである“自由の女神像”がバッチリ見えていて、地元民としては、やや恥ずかしい思いをしたものでした。
 もしかして、ホテルの設計を頼まれた業者が「お客さん、ニューヨークのシンボルというたら何ちゅーても“自由の女神”でっせ(大阪弁?)。ド~ンと建てちゃいましょうよ!吉祥寺の名物になって、若いモンがどんどんやって来て儲かりまっせ~。(^_-)-☆」といったかはわかりませんが、とにかく、それは目立っていました。その背丈、4~5mはあるでしょうか?
 ラブホテルのシンボルに自由の女神像ですよ。初めてみたときは、ホントびっくりしたものです。もしかしたら「吉祥寺をニューヨークみたいな、おしゃれでカッコイイ街に!」 という意図もあったのかも知れませんが、斬新というより、突飛なアイデアといったほうが当たっているでしょうね。
 しかし、こういう建造物は、時の流れに磨かれて風格を増していくアート作品と違い、新しいうちだけのモノ。薄汚れてきてしまうと、何ともみすぼらしく、すでに“粗大ゴミ”と化しています(-_-;)。この老朽化ぶりでは、女神像の存続も風前の灯。大地震が来る前に何とかしてほしいです。
 その後、自由の女神像の前には、高いビルが建ちました。ビルは、薄汚れてきた女神像を覆い隠すように建っていますが、このビルのテナントに入った人たちは、薄汚れた女神像がいつも大迫力で眼前に迫っているわけで、何ともお疲れさまです。仕事の効率に影響がなければいいのですが。
 この女神像がピッカピカの現役だった頃といえば、この周辺は悪名高い”近鉄裏”と呼ばれた、まさに絵にかいたような風俗街でした。今では、その面影はほぼ無くなり、安心・安全なエリアに変身しましたが、ほんの僅かですが、当時をしのばせる店もそれなりに生き延びています。
 そんな店で、しこたま飲んだオジサンはホテルの入り口で、おネエちゃんに「ちょっと休んで行こうよっ」などと迫っているかもしれません。
2009083102
ホテルニューヨーク
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白耳義館
「白耳義館、かつては高級飲食店ばかりがテナントだった」
2009082701
 白耳義館は、1976年に完成したテナントビルです。オープン当初は“高級飲食店”とされる多くの店がテナントに入っていました。経営者も一流どころ筋の売れっ子ホステスさん出身という“おネエさま方が多かった!”と聞いています。白耳義館にある店といえば、周囲とは一線を画する存在感で「鼻の下を伸ばしたオトコたちを足繁く通わせたものだ」とか。ヨギダス編集長は、あまりなじみではありませんでしたが噂は聞いていました。
 1976年といえば、あのロッキード事件が勃発!首相の田中角栄が逮捕されるなどで、政財界は上を下への大騒ぎ(@_@;)。そして、この事件に、商社が大きくかかわっていたことから、当時、一躍脚光を浴びた職業が「商社マン」でした。白耳義館にあった多くの店には「一流商社マン」と呼ばれる男性たちが、夜な夜な、おネエさま方に囲まれてグラスを傾けながら“手柄話をしていた”と、当時をよく知る事情通(またまた登場!)はいいます。
 なにしろ、その時代「一流商社マン」といえば、「結婚したい男性の職業ベスト3」に入るとされるほどの花形職業だったそうですから、おネエさま方には、さぞモテモテだったことでしょう。よかったですね(^_-)-☆。
 そんな華やいだ時代も今は昔。近頃は、ごく普通のテナントビルとして、ごく普通のキャバクラやバーといったところが店を構えているようです。
白耳義館は、吉祥寺駅中央口を出て、ロータリー沿いの「吉祥寺大通り」を「ヨドバシカメラ吉祥寺店」を目指して歩き、その正面脇を右に折れた小道「ベルロード」を10メートルほど進んだ右手にあります。レンガ色のタイル貼りビルは、かつての辺りを払うようなちょっと気取ったイメージはかなり薄らいで、だいぶ親しみやすい雰囲気に趣を変えています。
 バルコニー風の中2階エリアには、無造作に雑草が生い茂っていて、往時の面影をしのぶことはできません(-_-;)。あの頃、ガンガン飲んでいた、かつての「商社マン」たちも、そろそろ定年の時期を迎えます。
2009082702
ロッキード事件
ゆりあぺむぺる
「ゆりあぺむぺる、バスを避けながら歩く狭いわき道に名店」
2009082401
 吉祥寺駅を南口に出ると、目の前を路線バスが通っている道があります。狭い通りですが道の両側に、飲食店などが入ったテナントビルが乱立しています。狭いながらも活気があって、知らない間に新しい店ができていたり、いつの間にか消えていたりして、なかなか変化の多い通りでもあります。
 人でごった返している時間帯でも、路線バスは遠慮なく乗り入れてきますから、轢かれないように避けて通るのが「暗黙の了解(-_-;)」になっています。こんな狭いわき道に、あんな大きなバスが堂々と入ってくる道というのは、吉祥寺でもここだけではないでしょうか?ここを通ったバスの多くは、井の頭線ガード下をくぐり、Uターンして丸井前の停車場に行きます。
 この通りには、ウチの若いモンたちが行きつけにしている“おサイフにやさしい居酒屋”も何軒かありますから、なじみの店名が書かれた看板がよく目に付く、ヨギダス編集長にも通り慣れた道でもあります(^_^)/~。
 駅の階段を下りて、右側に歩いた中ほどを過ぎた辺りに、この騒がしい通りとは似つかわしくないアールヌーボ調のレトロな喫茶店「ゆりあぺむぺる」があります。その不思議な店名は、宮沢賢治の詩の中からとったのだとか。それは、カフェというより、やはり“喫茶店“という呼び名がふさわしい店で、知人によると開店したのは「1975~6年頃かな?」といいます。
中に入るとアンティークランプが落ち着いた雰囲気を醸しだしていて、一昔前の「文化人宅の応接間(死語?)」のイメージといったら当たっているかも知れません。ファストフード的カフェが増殖している時代、こういう店は貴重な存在です。吉祥寺では、老舗「ボア」がなくなってしまった今、ぜひ、頑張って、これからも末長く続けてほしいと思わずにいられません。
 この「ゆりあぺむぺる」の二階は、夜になるとBARになります。
歴史のある店ならではの独特の雰囲気を味わいながら飲むお酒は格別だそうで、ある説では「雰囲気を愉しみながらだと飲み過ぎない」とか(?_?)。
2009082402
ゆりあぺむぺる
荻窪鳥もと
「荻窪鳥もと、お昼から飲めるオトーさんのワンダーランド」
2009082001
 戦後まもない昭和27年から、もう57年以上も営業している、地元名物の焼き鳥屋が、もうすぐ閉店しちゃうので、「ぜひ、ヨギダスで紹介して!」と、荻窪の友人からメールとたくさんの写真が送られてきました。
 その店は、荻窪駅北口のすぐソバにあります。ソバというより、駅に隣接しているといった方が当たっているそうで、何でも荻窪駅の北口の改札を出て、階段を上がっている途中から、焼き鳥を焼く肉とタレが焦げる匂いがして「もうたまら~ん!」という感じで「つい、そそられる!」といいます。この匂いをかぐと「荻窪に着いた(^O^)」という実感がわくそうです。
「この店は、吉祥寺でいえば『いせや』のような存在です。荻窪は、ラーメンの街として一時もてはやされましたが、それ以後、これといった話題性に乏しく、いまいちパッとしないせいか、『いせや』のような全国区にはなり切れない!だからこの店、マニアックなファンも多いんですよ」とも。
 でも、1日のお客さんは4~500人!といいますから大したもんです。一見、屋台風で、立ち飲みの焼き鳥台の前が上席。目の前に豪勢に盛り上げられた焼き鳥は、まさにダイナミック!かつては、井伏鱒二や将棋の大山名人など文化人も足しげく通ったといいますから、歴史の重さが違います。
 荻窪駅前は、戦後の闇市の面影が色濃かったのですが、その闇市風の店の多くが商業ビル「タウンセブン」のテナントとなりました。しかし「鳥もと」は、戦後の面影を残しながら、現在の場所で営業を続けてきました。
 昼から堂々と飲めるのが、休日のオトーさんには何とも嬉しい存在なのだそうで、焼き鳥は1本100円から。たっぷり食べて、しこたま飲んでも、“オトーさんのお財布にやさしい!”そこが「鳥もと」の魅力なのです。
 そんな荻窪名物が、駅前開発のために8月29日で営業を終えます。
新しい店2号店は、すぐ近くの線路際ですでに6月17日から営業していますが、
9月5日には、新本店が「荻窪銀座街」にオープンの予定です。
 ヨギダス編集長は、大の焼き鳥好き(^_^)/~必ず行きますからね。
2009082002
荻窪「鳥もと」
沖縄名産ゴーヤ
「沖縄名産ゴーヤ、街中の住宅街で立派な一品が完熟」
2009081701
 夏真っ盛り!とはいえ、いつの間にか8月も半ばに近付いてきました。子供の頃、この時期になると夏休みの残りの日数を数えながら、手つかずのままの宿題の山を考え、焦りまくった記憶があります。そんな良くない思い出の後遺症のせいもあってか、8月の半ば過ぎくらいになると、何となく落ち着かないようなちょっと複雑な気持ちになることも(-_-;)。
 落ち着かないといえば、このところかなり大きな地震が立て続けにありました。東京に暮らしていると誰でも頭の片隅に“大地震”の恐怖が少なからずありますから、寝ぼけまなこの時間にあんなに大きな地震があると「関東大震災がキタ~っ<`~´>」と一瞬、思考停止状態になってしまいます。ニュースでは、東名高速の路肩が大きく崩落して通行止めになっていました。お盆の帰省ラッシュを前に、日本の大動脈が寸断されてしまいました。
 一方で「これで、気がかりだった東海沖地震が終わったかも!」と、勝手に思い込んで安心している人も。が、どうもそうではないらしく、気象庁の発表によると東海沖地震ではないとのこと。残念!今回の地震は“静岡地震”だそうで「全体としては終息傾向にはある」と報道されていました。
 「だったら大地震は近づいているのかも・・・」。劇団「め組」で使っているビルは、だいぶ“年代物”なので、関東大震災級の地震が来たらかなりヤバイです。でも、怖がってばかりいても仕方がないので、気を取り直して散歩に出かけることにしました。こういうときは気分転換が大事です。
 井の頭通りを渡って、住宅街の道を入っていくと、きれいに手入れされたお宅の玄関先に、大きなゴーヤ(にがうり)がなっていました。沖縄出身の両親が故郷から種を取り寄せては何度も栽培にチャレンジしましたが、思うように実をつけなかったゴーヤでした。最近は、品種改良によって都会でも採れるようになったことは聞いていました。それにしてもご立派(^O^)。
 眺めていたら何だか嬉しくなりました。超単純な人間です。
にがうりの育て方
鬼まんじゅう
「鬼まんじゅう、新たな「名古屋名物」見つけました(^O^)」
2009081001
 夏公演「信長/NOBUNAGA」が無事終了してほぼ1週間。細々した公演アフター作業も片付いて、ほっと一息ついたところです。気が付いたら、暦の上ではもう秋。月日のたつのはホ~ント早いものですね。
 何でも、東北地方では今年の梅雨明けは見送られる可能性が出てきたといいます。理由は、気象庁はここ10年あまり、立秋以降に梅雨明け宣言を出したことが無かったからだそうです。最近では、ゲリラ豪雨をはじめとした異常気象が全国的に発生し、トップニュースとなっていました。東京でも、夕方になると雷が轟き渡った直後、集中豪雨になることが多くなりました。
 そんな異常気象のことを考えていたら、異常つながりというワケではないのですがm(__)m、先日、いつも名古屋から「め組」の舞台に駆けつけてくださる方が「名古屋名物です(*^^)v」と、ウチの名古屋出身の入木純一の楽屋見舞に持参してくださったお土産のことがふとアタマをよぎりました。
 それは「鬼まんじゅう」。“名古屋名物”といわれるもののユニークさに、東京の人間はよく、驚かされたり、爆笑させられたりしていますが、この「鬼まんじゅう」は、そういう意外性からは一線を画する和菓子でした。
 昔から名古屋を中心とした東海地方で、庶民の味として親しまれてきた懐かしい味だそうですが、ヨギダス編集長周辺では、入木純一を除いては、お初でした。“鬼”の由来は、ゴロンと大きな角切りのさつまいものインパクトが、鬼やその金棒を連想させるところから、ネーミングされたそうで、名古屋ではコンビニでも売っているごくポピュラーなお菓子とのことです。
 手にすると、ずっしりと重量感があります。食べてみるとほんのり自然な甘さがあり、素朴な味がしました。ちょっと小腹が空いたときなどにもいいかも知れません。この「鬼まんじゅう」の存在。  ちょっと気になったので、どんなもんか?と検索してみたら、驚いたことに「全国鬼まんじゅう普及協議会」というサイトを見つけちゃいました「名古屋恐るべし!」です。
2009081002
全国鬼まんじゅう普及協議会
劇団「め組」夏公演
「劇団「め組」夏公演“信長/NOBUNAGA”ご来場御礼」
2009080601
 劇団「め組」夏公演“信長/NOBUNAGA”おかげさまをもちまして、8月4日、大好評をもちまして、無事千秋楽を迎えることができました。地元「吉祥寺シアター」での公演は、しばらくぶりなので、役者たちも久々に故郷に帰ったかのように、ほっと落ち着いた感じの毎日でした。
 「稽古場ブログ」や「裏方日記」などで、稽古の始まりから小屋入り、終演まで、役者たちや裏方さん、スタッフの日常の細かな動きがつづられていましたから、少しだけドキュメンタリーな上演期間となりました。
 今回も、初めて「め組」の舞台を見てくださった方々がいらして、そういうみなさまから「観る前までは、難しそうな感じでしたが、始まってみたらストーリーにグングン引き込まれていって、すっかり魅せられてしまいました(^^♪」とか、「イケメン揃いというだけでなく、演技力も高く、構成演出も良く、最後まで楽しめました(^O^)」、あるいは「信長、とっても感動したので、次回の『岡田以蔵』も、ぜひ行ってみたいと思います」。そして、中には「与儀さんのファンになっちゃいました!」な~んて方も。身に余るありがたいお言葉を、たくさんのみなさまから頂戴し、感謝でいっぱいですm(__)m。
 舞台が終わると、いつものように役者たちが、お客様にお見送りとご挨拶をするのですが、みなさまそれぞれお気入りの役者の前に駆け寄って、談笑したり、プレゼントを渡してくださったり、写真撮影をされたり、にぎやかな光景が繰り広げられます。多くのお客さまの中には、公演中何度も足を運んでくださる方もいらっしゃいます。さらには、新幹線に乗って大井川を超えて、はるばる「吉祥寺シアター」に駆けつけて来てくださる方々も。
 芝居は、観てくださり、応援してくださるみなさまあってのもの。
みなさまから寄せられたご期待や温かい励まし。また、厳しいご意見も含め、それら全てを、これから劇団「め組」が、より成長し、高みを目指して進化していくための大切な糧とさせていただきたいと思っています。
 そして、一仕事終えてホッとしたヨギダス編集長は、そろそろ街歩きが恋しくなってきました。どこかで出会ったら必ずお声かけを<(_ _)>。
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劇団「め組」
杉本由佳ライブ
「杉本由佳ライブ、さすがNY仕込みJAZZの魅力全開!」
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 8月1日、吉祥寺の名門ジャズライブハウスSOMETIMEで、昼下がりの13時から、ライブがありました。シンガーは杉本由佳さん。彼女は、NYで25年以上ライブ活動してきたという名実ともに本場で認められたJAZZSINGERです。
 由佳さんは本人いわく、「普段はあけっぴろげなおばちゃんですが、ステージのある日は“YUKA”になり、年齢不詳、国籍不明、独身(毒?)で頑張っている」そうです。英語のあいさつで始まったステージは、まるでNYにいるかと錯覚するほどの雰囲気を醸し出していて、いきなり酔いました♪
 ピアノは、あの江草啓介さん。彼はJAZZの他に、美空ひばりさんや森山良子さんはじめ多彩なジャンルの方のコンサートでピアノを担当。「もしも、ピアノが弾けたなら」など、さまざまなアーティストたちの数多くのレコーディングもこなしていらっしゃる音楽界では知らぬ人のない実力者です。JAZZメンというより上品な学者さんを思わせる風貌で、女性ファンから熱いまなざしをおくられていました。卓越した演奏はいかにも心地よく、由佳さんの歌と絶妙にマッチ♪午後のひととき、それはそれは魅力的なライブでした。
 実はこのライブ、あるVIPのサプライズBDパーティーでした。
本人には内緒でライブ会場は設定されていて、何も知らずに現れた本人は、「何これ?とうなっているの~(^O^)!」と驚いていました。このライブを密かに準備していたのは、ヨギダス編集長の“遊び好き”の友人でした。
 そして司会は友人の野口満理子さん。彼女のさり気なくドラマチックに場を盛り上げるセンスは素晴らしく、張りのある声とトークは、まさに「おみごと!」。さまざまな条件が整って“最高のライブ”となりました。
 この日は二次会が、劇団「め組」の“信長/NOBUNAGA”となっていて、ライブを堪能した後は観劇というスペシャルな1日でした。会場では、飲み放題でしたから、ライブ主催者は「劇場で高いびきでも聞こえたたらどうしょう(-_-;)」と心配していましたが大丈夫でした。よかった(^^♪。
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SOMETIME
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