ヨギプロダクション・劇団め組のある、吉祥寺の魅力をYOGIDASならではのこだわり(独断と偏見)の視点で徹底解明?してしまおう!という“日本初”ドキュメンタリー系ブログです。
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落語大好き!
落語大好き!高校生の頃から夢中でした♪
2011112501
天才肌といわれ、歯にキヌ着せぬ毒舌をまき散らして人気を博した落語家の立川談志さんが亡くなりました。彼は、古典落語の名手とされ、参院議員を務めたこともありましたっけ。めったない多彩な方でした。
さまざまな言動で、物議をかもしたこともあり、とにかく特異なキャラでした。きっと波乱の生涯だったんでしょうね。詳しいことは知りませんが、たまたま見たTV番組で、トークを聞いたことがありますが、博識だったことに驚かされました。魅力的な方とは思いますが、友人にはちょっと…。
独特の感性で、落語界や芸能界だけでなく、多くの人たちに影響を与えていたようで「昭和の偉大な芸人」といえる存在でした。談志さんのような天才を生んだ「昭和」。やはり激動の時代というにふさわしいでしょう。
 話は変わりますが、ヨギダス編集長は落語が大好きで、高校生ぐらいから感心がありました。正しくは「落語」というより、その独特の喋り口調や語りに強く惹かれたものでした。登場人物にも興味がありました。
子どもの頃から、俗にいう“優等生”より、どちらかというと“人間くさい”存在に惹かれてしまう傾向がありました。そんなワケで当時から「桂文楽よりも、断然古今亭志ん生!」てなわけです。 時間を見つけては、夢中になって聴いていたので、カセットテープがすっかり伸びきってしまい、妙な低温になるまで、古今亭志ん生の「落語全巻」を聴きまくっていました。
ところで、喋りというのは、人そのものが 出てしまいます。
これは役者と同じですね。 お決まりの「お~ぃ定吉」の音色を聞いただけで全てが決まってしまうのです。志ん生の本筋の前に喋る“まくら”が笑えるのです。お気に入りの出し物は「火焔太鼓」や「たまや」です。
もちろん、桂文楽さんも好きではあるのですが、優等生過ぎて俗人の自分には…。因みに俳句の世界でも、芭蕉より山頭火。浪曲の世界だったら、広沢虎造の「清水次郎長一代記」かな?これもテープの時代から聴いていて、最近ではDVD全巻買い直しました。落語の話しに戻りますが、今でも新宿の末廣亭やら上野鈴本、浅草演芸場には時々行きます。ご贔屓でもありますが、お付き合いだってありますからね。大きな声でいえませんけど(笑)
古典落語ネタ帳
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演劇志願者?
演劇志願者?最近では気質にもだいぶ変化が…
2011111801
 少子化の現実を目の当たりにすることが多くなりました。
しばらく、行っていない町に出掛けると、かつてあった小学校が無くなっていたりします。いわゆる「統廃合」というものらしいのですが、2~3の学校が、
ひとつに統合されて、新しい学校になっています。
 統廃合されることで新たな名前が付けられるのですが、元の名前をイメージさせることはなく、お役所的感覚で適当に付けられます。杉並に住む友人は、若杉小学校という小学校名が統廃合で無くなり、町名が付いた小学校が出来たことをとても残念がっていました。お役所的には、どこか一つの名前を残すのは「平等じゃない?」と考えたのでしょう。無難に(^_^;)。
 ところで、少子化つながりでいえば、劇団「め組」に入ってくる若い子は、ヨギダス編集長にしてみれば、子どもにケが生えたような年頃。彼らを見ていると、最近の子どもの傾向が少し分かります。一昔前まで、演劇志望の若者と言えば、ひと癖もふた癖もあって、飲めば「熱く演劇論!」という感じでしたが、最近の子は、大人しい!ニコニコしながら和気あいあいと飲んでいるのが普通です。ここ10年、いや20年でガラッと変わりましたね。
 まず無頼漢やら豪傑なんて死語になりましたね。世間の常識からはみ出すようなパワフルな子、いなくなりましたよ。ヨギダス編集長は頑張って挑発しながら、今の子?の中から“癖のある表現者”を育てたい!でも、時代なんでしょうか。そういう存在に目が行かなくなってきているようです。
「め組」では基本的に、演劇志願者を中心に養成所で教えています。タレントだろ~が何だろうが、経済的に安定すればそれに越したことはないのですが、世の中そんなに甘くなく、大手プロダクションでもタレント志願者は山ほどいるのが現状です。ウチでは、演技を通して表現力を指導しています。オーディションの段階で、タレント志願者の方は丁寧にお断りしています。
芸能やアートの世界の表現手法は時代を映す鏡。でも、とにかく近頃の若い子は、大人しい。その半面熱心ではあるのですが「熱心だけじゃダメだろ~!!」とは、よく言い聞かせてはいます。少しハミ出してほしいです。
2012年オーディション

そろそろボジョレヌーボ解禁
そろそろボジョレヌーボ解禁、今はすっかり沈静化?
2011111101
ボジョレヌーボ、かつて流行り♪ましたよね。
今では考えられないことですが、解禁日に近付くとあちこちでカウントダウンなんかやっていましたよね。笑っちゃイケません!けど、今思うとあの騒ぎって一体なんだったんでしょうね。当時は、バブルの影響もあって、誰もがこぞって、その年の「新酒」を有難がって買っていました。
流行りだった!というだけのことだったんでしょうなぁ。でも、熱しやすく冷めやすいのが日本人の気質ですからね。百貨店でもスーパーでも、当時の売り上げは望むべくもなく、売上げも右肩下がりといいます。このところ、夜の銀座もすっかり寂しくなってしまい、景気の冷えを感じます。
古い話しで申し訳ないのですが、20年以上前でしょうか、新宿の伊勢丹メンズ館でイタリア製の男物のジャケットとズボン(当時は意地でもパンツなんて言いませんでした)確か上下で50万位で買ったのを覚えています。
夜の銀座へも、よく飲みに行ったものです。クラブでフルーツ盛り合わせなんて平気で頼んでいたのもその頃でした。そりゃあー目ん玉が飛び出るような値段が伝票に乗っかっていましたが、そんな時代ではありました。
ボジョレヌーボー解禁のカウントダウン!は、その少し後でしたかねぇ。「どこが美味しいんだか…!」でも当時は、そんなこと口が裂けても言えませんでした。正しく言うと言える雰囲気ではありませんでしたよ。
呑みだしたら帰してくれないしつこい上司、ひとクセもふたクセもある銀座のママさん!まだ若かった私は「死をも恐れず!」って感じで、昼夜分かたず一年中奔走しておりました。でも個人の意見をいうなら、この時代、昭和の妄想と爆走が、ある種の気概を生み出したと思うのです(-.-)。
みなさんはいかがでしょう?ヨギダス編集長は、記憶装置の衰えはヤヤあるものの、今でも「気力だけは衰えない!」というのは、そんな時代に基礎体力を身につけたからだと思うのです。乱暴な時代でしたけどね。
 ボジョレの時期になると、あの時代を思い出します。
2011ボジョレヌーボ解禁
池袋「ジュンク堂書店」で
池袋「ジュンク堂書店」で、Talkセッション(^_^)v
2011110401
先日、親しくさせていただいている作家・宇田川悟さんの「最後の晩餐」の刊行記念ということで、トークセッションがありました。場所は、池袋の「ジュンク堂書店」。お相手は、絵本作家の五味太郎さん。
お二人は日頃から親しく、マージャン友だちでもあるという仲。五味さんが、宇田川さんに「こう見えて、キタない手、つかうんだよね~!」と、さり気なく牽制すると、その辺をきっかけにだんだん話が盛り上がってきました。和気あいあいの雰囲気でありながらも、ちょっと辛口スパイスが効いた。なかなか愉しいイベントでした。まさに“大人の会話”というのかな。
最近、いい歳になっても、味のある洒落た会話をできる人がすっかり少なくなっていたのを嘆いていたヨギダス編集長でしたから、久々にこういう話しを聞いて「知性と教養」という言葉の重みをひしと感じました。
本のタイトルが「最後の晩餐」ということでしたから、死ぬ前に「何が食べたいのか…」というのが当日のテーマでした。五味さんは「僕は、そばが大好きなので、最後に食べるのなら断然そばがいいなぁ!」とのことでしたが、宇田川さんからあれこれ突っ込まれると、「やっぱりうな重かもしれないな?」と前言をひるがえし、またまた違う方向に話がソレていきました。
 物事を、どのように記憶しているかという話で五味さんは「僕は、絵を描く人なので、ほとんどの思い出は、画像のようなイメージで、アタマの引き出しに蓄積されていて、記憶をたどると、さまざまな光景がビジュアル化されて出てくる」といいます。たとえば、駄菓子屋のおばちゃんの着ていた服とか、店の商品なども、画像のような形で鮮明に覚えているのだとか。
宇田川さんの場合は五味さんとは正反対で、記憶のほとんどは、文字に置き換えられているんだとか。この違い、職業によるんでしょうか。それとも個々の感性の差なのでしょうか。ちなみに、ヨギダス編集長は半々。
これって、もしかして『凡人』って、ことなんでしょうか(-.-)。
2011110402
最後の晩餐
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