ヨギプロダクション・劇団め組のある、吉祥寺の魅力をYOGIDASならではのこだわり(独断と偏見)の視点で徹底解明?してしまおう!という“日本初”ドキュメンタリー系ブログです。
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プラスαな時代
プラスαな時代、これからの10年で激変する(^^♪
2012122101
ヨギダス今年最終号をお送りいたします。
長い間、劇団を運営しておりますが、演劇を取り巻く環境に大きな変化が起きつつあるような気がします。それはストレートプレイ(演技だけ)ではどうやら通用しなくなっているのではないか?ということです。エンターテイメントそのものが多様化して、歌やダンスパフォーマンス、または、一時ブーム的な人気のあった声優の枠があまりなくなってしまって、「俳優」という商売そのものにプラスαがなければ 成り立たなくなってしまう!
これからの10年で、そうした傾向はさらに強まり、演劇の世界がガラリと変わって行くと私は見ています。それらは、あくまでも観る側に立った予測です。
ですから、上手い役者だけではなく、プラスαがないと、将来的に「廃業に追い込まれてしまうのではないか?」と思います。劇団め組は、これから先も、変わらず、長い将来にわたって運営して行くつもりです。
しかしながら「売れりゃ~あ何でも飛びつく!」なんて事は致しません。以前にも書いたことがありますが「変わらないために変わって行く!」ブレない表現、ブレない演目を大切にし、時代と共に軽やかに泳いで行こうと決意しています。先日亡くなった中村勘三郎さんは、歌舞伎という古典を現代の人間にも十分楽しんでもらえるよう、さまざまなアイデアで、次々「新たな表現」の可能性にチャレンジされました。彼の姿を見て、大事なもの、価値あるものを守るためには、何をすべきか?学ぶことが多かったです。
古い物と、古臭いモノは大きな違いがありますからね。
そう、貧乏と、貧乏臭いのが全く違うように(^^♪
そんなことで来年、劇団を徐々にリニューアルして行きますので、お褒めの言葉、お叱りの言葉など、忌憚なく頂戴出来ましたら幸いです。
2012122102
劇団「め組」
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酒と頭痛持ち
酒と頭痛持ち、酒の種類で翌日影響が(;゚Д゚)!
2012121401
師走もど真ん中!みなさま、如何お過ごしでしょうか?
さぞや連日宴席が目白押しの事と、想像いたしますが(´∀`)
さて、ヨギダス編集長の今日この頃ですが、めったにない酒ネタで行きたいと思います。というのは、現在ではほとんどお酒を飲まない私も、年末ともなればそれなりに、お酒の席にお呼ばれしちゃうことになります。
元々それほど飲まないのですが2~3年前から飲み始めました。
27歳の頃からでしょうか?突然お酒を飲むと必ず具合が悪くなることが多く、控えてきましたが、もしかしてお酒アレルギー(^.^)かな?最近すっかり治った?と思って、調子に乗って飲んでいたら、先日のこと、宴会を終えて帰宅途中、急に具合が悪くなりまして、そりゃ~死ぬかと思いました。
24時間くらい経っても、首の動脈がドクドクしていました。命に別状は無い?とは思われましたが、かがむと頭の中まで、血管がドクドクしています。あまりのことに、知り合いに相談したら、どうやら頭痛持ちは発酵したアルコール類、取り分け赤ワインがよくないようです。先日は「これ、なかなかいいワインだから」と赤ワインを勧められ、あまりの美味しさに、調子に乗ってグイグイ飲んでしまいました。場の雰囲気も良かったもので…。
すでに「分別盛り」に突入して、かなりの年月になりますが、調子に乗るということは「分別がないということ」ですよね。困ったもんです。
コレに懲りたので、しばらくお酒の席に出たとしても、飲めなくなってしまいました。たぶん、ビールや焼酎はOKかもしれませんが、あの時の「死ぬかと思ったほどの苦しさ」は、もう、思い出すだけでもゾッとします。
せっかく、楽しく美味しく飲んだのに「あ~また飲めなくなる…」と思うと残念無念ではあります。周りの友人たちに、大酒飲みが多いだけに…これからは、飲みのお付き合いは出来ないですね(-_-;)これからの宴席では「食べ物とお茶だけ!」でも、しっかり場を盛り上げて、生きて行きます…。
アルコールアレルギー
中村勘三郎さん逝く
中村勘三郎さん逝く、歌舞伎の世界のパイオニア
2012120701
古典から新作まで、幅広い芸風で歌舞伎界に新風を吹き込み、テレビや映画、時代劇などでも人気を集めた歌舞伎俳優の中村勘三郎さんが5日、都内の病院で亡くなりました。入院中とは聞いていましたが、突然の訃報に驚きました。 57歳だったんですね。私とさほど違わないというか2歳年下でした。
勘三郎さんは今年6月、食道がんであることを公表されました。その後、摘出手術を受け成功と聞いていたものでしたから、まもなく復帰されるものだとばかり思っていました。こんなに若くて、才能豊かな方がこんなに若くして亡くなられるなんて、本当に残念で仕方ありません。
勘三郎さんは、国内のみならず、NYでも高い評価を受けました。
それも、歌舞伎の華やかな定番ものではなく、江戸歌舞伎の舞台を再現した、演目で勝負しました。華やかさとは一線をかくした出し物を演じるなんて,なかなか出来ないことですよね。度胸と勘も鋭い方でした。
つい最近、術後経過も順調で病棟内を歩けるほど回復していたという報道を聞きましたので、来年の新歌舞伎座での公演を楽しみにしていた友人は「もっとほかに死んでもいい人がいっぱいいるのに、こんなにみんなから愛されたいい方が亡くなってしまうなんて許せない!」と怒ります。
勘三郎さんは、抗がん剤治療などによって、免疫力が低下したことにより、肺炎を発症、自力で呼吸ができない重篤な事態に陥っていたといいます。以前は、突発性難聴にも悩まされていたと聞きました。私も、古くからの劇団員も、この病には悩まされていますから、舞台人としてどれほど大変だったか、そして、それでも、待っているお客さまのために、必死で頑張られていたと聞いて、プロとしての凄まじいまでの生き様に心から圧倒されました。
勘三郎さんのご家族のコメントによると「本人も病気に立ち向かい、手術から約4か月に及ぶ闘病が続きました。その間、来年4月の歌舞伎座柿落しに出演することを”心の依り所”とし、頑張って参りましたけれども、遂に、回復することは叶わず、無念の内に、本日12月5日午前2時33分、急性呼吸窮迫症候群のため永眠いたしました。生前、中村勘三郎を長くご贔屓頂いたことを心より感謝いたします」とのことでした。
心から、ご冥福をお祈りいたします。
中村勘三郎追悼番組
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