ヨギプロダクション・劇団め組のある、吉祥寺の魅力をYOGIDASならではのこだわり(独断と偏見)の視点で徹底解明?してしまおう!という“日本初”ドキュメンタリー系ブログです。
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体罰と躾
体罰と躾、境目がなかなか難しいですね(-_-;)
2013020801  
先日、柔道女子日本代表の国際強化選手15人が、怒りのメッセージを発表。15人の代理人となった二人の弁護士が選手たちの声明を文書で公開し、園田監督の辞任だけでは問題点が明らかにされないと指摘しました。15人のメッセージには強い怒りが込められ、全柔連の臨時理事会を翌日に控えたタイミングで「前監督の辞任だけで問題を終わらせまい」という決意が見て取れました。
芝居の稽古で、椅子や灰皿が飛んできたりなどの話は、みなさんも時々耳にされるかと思いますが、どんな場合も、怒りの爆発のような感情の発露や憎しみによる攻撃に過ぎない「暴力」はいけません。日本には、何でも軍隊式に叩き込むことが「よし!」とされる世界でも希な文化があります。
私は、子どもが幼いうちはある程度叩いて体で覚えさせるのは、必要悪であると思いますけど、物心が付いたら言葉で説得すべきと思います。しかし、やんちゃ過ぎて暴力的な子には、少しくらい痛い目に合わせるのも「躾」のうちだと思います。でも、やられた子は必ず次の世代にやり返すといいますから、痛い目に合わす場合も、相手によって判断は難しいところです。
ここぞという時に、思いを込めて手を上げることはあってもいいのかな?とは思いますが、むやみやたら感情に任せて暴力を振るうというのは、その人の品性を疑います。そう言う意味で「愛情ある体罰?」という行為が許されるのは、よほどの人格者でなくてはいけないような気がします(-_-;)。
どちらにしても「体罰やいじめ」は、思いのほかデリケートな問題だと考えています。どちらも狭い人間関係の中で起きることなので、両者のあいだに信頼関係が成り立っていなければゼッタイに許されないことです。
信頼の枠を超えてしまうと「事件」になってしまいます。ましてや受けた方が、自殺などしてしまうと出口がなくなって、解決が極めて難しい問題になってしまいます。遅刻が続いたり、あまりにもマナーが悪かったりした場合、我が劇団でも厳重注意+ビンタ程度は珍しいことではありませんが。
しかし、殴られた劇団員が当時を振り返って「あの時先輩に殴られたおかげでコトの重大さが理解でき、人の気持ちを汲むことが出来るようになった」など当時を振り返って話しているのを聞くと安心します。これも信頼関係があってこそです。感情任せではこうはいきませんから(^<^)
体罰問題
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