ヨギプロダクション・劇団め組のある、吉祥寺の魅力をYOGIDASならではのこだわり(独断と偏見)の視点で徹底解明?してしまおう!という“日本初”ドキュメンタリー系ブログです。
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第四十八代横綱・大鵬
第四十八代横綱・大鵬、とにかく圧倒的に強かった! 
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最近は、本当に思いがけない方々が鬼籍に入られました。
先日、たまたま見ていたテレビで、あの名横綱・大鵬の話を特集していました。大鵬は、優勝32回、45連勝などを記録し「昭和の大横綱!」と称され、戦後最強の横綱と呼ばれていました。強いだけでなく、日本人離れした美貌と華やかな土俵入り姿は、まさに圧巻でした。
大鵬(本名‐納谷幸喜:なやこうき)は樺太の出身で、1940年5月29日生まれ。父親はウクライナ人、母親は日本人でハーフなのですが、当時樺太は日本の領土だったため、大鵬は外国出身横綱には数えないのだそうです。出生直後、激化した太平洋戦争によってソ連が樺太へ侵攻してきたことで、母親と共に引き揚げ船で北海道へ引き揚げることになったといいます。母子家庭となった北海道での生活は想像を絶するほど貧しく、あまりの貧しさから納谷少年は、家計を助けるために納豆を売り歩いていたという話は有名ですよね。
中学を卒業した納谷少年は、定時制高校に通いながら林野庁で力仕事をしていましたが、当時から体の大きさは近隣でも評判だったようで1956年、二所の関一問が巡業に来たとき、親方に紹介され、高校を中退して入門。
ヨギダス編集長が小学生の頃、ライバルといわれた柏戸とともに「柏鵬(はくほう)時代」と呼ばれ、大相撲の黄金期を築きました。さまざまな歴史に残る金字塔を打ち立てましたが、あまりの強さに、子どもながら「どうせ大鵬が勝つに決まってるよ!」と、妙に覚めて見ていた記憶があります。
とにかく、負ける気がしなかったのです。たまたま、なんかの拍子に負けると、座席から大量の座布団が舞い上がってそれはもう壮観でした。あまりにも大鵬が強すぎたので「面白くするためにワザと負けたんじゃない?」なんて、子どもながら“疑惑?”を抱きました。マセたヤなガキですよね。
当時、いつも強い人気のあるものを称して「巨人・大鵬・卵焼き」といわれましたが大鵬は、こう言われることをとても嫌がったそうです。理由は「自分は、血の滲むような努力をしてきた、お金の力で強くなった巨人とは違う!」ということだそうな。納得です(^^)v人格者として多くの人に慕われてきた大鵬。記録だけでなく、記憶として心に残る素晴らしい方ですね。
2013030102
第四十八代横綱 大鵬

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