ヨギプロダクション・劇団め組のある、吉祥寺の魅力をYOGIDASならではのこだわり(独断と偏見)の視点で徹底解明?してしまおう!という“日本初”ドキュメンタリー系ブログです。
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西武グループ堤氏別邸
「西武グループ堤氏別邸、和風庭園風の落ち着いた公園に」
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 荻窪は、もともと武蔵野丘陵地として数々の湧水や湿地などの水に恵まれ、古くは西の鎌倉と並び称される関東屈指の別荘地でした。南口から環八西側にかけて歩くと「誰が住んでいるんだろう?」と想像をかき立てるような立派なお屋敷や重厚な門扉が目につきます。荻窪は、中央線と環八の交差地にしては静かで落ち着きがあり、暮らすには快適な街となっています。
 かつて、関東屈指の別荘地といわれただけのことはあって、歴史に残る文化的遺産も点在しています。その荻窪駅の北口から徒歩5~6分のところに、武蔵野の面影を残す和風の庭園「天沼弁天池公園」はあります。
 昔、この公園の南側広場あたりには「こんこんと水の湧き出る『天沼弁天池』と呼ばれる300坪ほどの池がありました。真ん中には約5坪の島があり、中には弁天様が祀られていました。大正の半ば頃までは、日照りが続くと大勢の農民が集まって弁天様へ祈りを捧げる雨乞いの行事も行なわれていました」そんな過去の歴史が、公園に設置されたボードに書かれていました。

 荻窪在住の友人の話によると、この地には少し前まで、あの西武グループの堤家のお屋敷が建っていたそうで、当時のお屋敷内には大木がうっそうと茂り、周囲は高い石塀で覆われ、どデカイ門前には黒塗りの高級車がいつも停車していて、コワモテのおっさんがニラミを聞かせていたと話します。
 周辺とは一線を画す独特の雰囲気があったそのお屋敷は、子供たちにとっては興味津々の存在で、侵入を試みた子供は数知れなかったといいます。しかし、当時のガードマン(管理人?)であった“金歯でスキンヘッド”のこれまた超コワモテのおっさんに、あっけなく見つかって「このクソガキ~!」と、熊手を振り回して追い回され“命からがら逃げ帰った”という武勇伝を自慢げに話す元ガキ軍団も、最近ほとんどが「還暦を超えた」といいます。
 元堤家でもあったこの地は、由緒ある土地の由来を次代に伝承するため“天沼弁天池公園”と命名。友人は、かつて堤家所有だった大木や高価な庭石たちは「戦後政財界の裏を垣間見た証人」としたり顔。なるほど(^.^)。

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天沼弁天池公園
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