ヨギプロダクション・劇団め組のある、吉祥寺の魅力をYOGIDASならではのこだわり(独断と偏見)の視点で徹底解明?してしまおう!という“日本初”ドキュメンタリー系ブログです。
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中村勘三郎さん逝く
中村勘三郎さん逝く、歌舞伎の世界のパイオニア
2012120701
古典から新作まで、幅広い芸風で歌舞伎界に新風を吹き込み、テレビや映画、時代劇などでも人気を集めた歌舞伎俳優の中村勘三郎さんが5日、都内の病院で亡くなりました。入院中とは聞いていましたが、突然の訃報に驚きました。 57歳だったんですね。私とさほど違わないというか2歳年下でした。
勘三郎さんは今年6月、食道がんであることを公表されました。その後、摘出手術を受け成功と聞いていたものでしたから、まもなく復帰されるものだとばかり思っていました。こんなに若くて、才能豊かな方がこんなに若くして亡くなられるなんて、本当に残念で仕方ありません。
勘三郎さんは、国内のみならず、NYでも高い評価を受けました。
それも、歌舞伎の華やかな定番ものではなく、江戸歌舞伎の舞台を再現した、演目で勝負しました。華やかさとは一線をかくした出し物を演じるなんて,なかなか出来ないことですよね。度胸と勘も鋭い方でした。
つい最近、術後経過も順調で病棟内を歩けるほど回復していたという報道を聞きましたので、来年の新歌舞伎座での公演を楽しみにしていた友人は「もっとほかに死んでもいい人がいっぱいいるのに、こんなにみんなから愛されたいい方が亡くなってしまうなんて許せない!」と怒ります。
勘三郎さんは、抗がん剤治療などによって、免疫力が低下したことにより、肺炎を発症、自力で呼吸ができない重篤な事態に陥っていたといいます。以前は、突発性難聴にも悩まされていたと聞きました。私も、古くからの劇団員も、この病には悩まされていますから、舞台人としてどれほど大変だったか、そして、それでも、待っているお客さまのために、必死で頑張られていたと聞いて、プロとしての凄まじいまでの生き様に心から圧倒されました。
勘三郎さんのご家族のコメントによると「本人も病気に立ち向かい、手術から約4か月に及ぶ闘病が続きました。その間、来年4月の歌舞伎座柿落しに出演することを”心の依り所”とし、頑張って参りましたけれども、遂に、回復することは叶わず、無念の内に、本日12月5日午前2時33分、急性呼吸窮迫症候群のため永眠いたしました。生前、中村勘三郎を長くご贔屓頂いたことを心より感謝いたします」とのことでした。
心から、ご冥福をお祈りいたします。
中村勘三郎追悼番組
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