ヨギプロダクション・劇団め組のある、吉祥寺の魅力をYOGIDASならではのこだわり(独断と偏見)の視点で徹底解明?してしまおう!という“日本初”ドキュメンタリー系ブログです。
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藤圭子
藤圭子、彼女の歌には鮮明な時代の影が(―_―)
2013083001
藤圭子さんが亡くなり、早くも一週間あまり。
まだ、若かった私は、70年代当時、毎日、何度も何度も彼女の歌が街に流れていたのを聴いていました。「新宿の女」「命預けます」そして「圭子の夢は夜ひらく」など。ハスキーで独特の憂いを秘めた歌声は、今も耳から離れません。そして、彼女の歌唱力は抜群でした。
いわゆる“夜の歌”を歌っている割に、その底に、何か稟とした、人を寄せ付けないものを感じさせ、それまで知っていた歌手とは全く違う、見聞きしたことのないような…本当に不思議な個性を持った存在でした。
まさに、天才の名にふさわしい歌手でしたね。そうまさしく「歌手」でした。小賢しい「アーティスト」などというようなものではなく!いわゆる「演歌」なのですが、ファドにも通じるような心にしみる歌でした。
私の持論ですが“天才”と言うものは、優れた素材をあらかじめ持ち合わせている原石のようなものです。が、時代のニーズというか、時代の感性にうまくフィットしたりすると、またたく間にブレイクします。
そういうわけですから、スター☆になるまで、時間が比較的短く、芸能関係におけるルールや人間関係の複雑さを学習する時間がないまま、魑魅魍魎の世界に放り込まれるので、人間不信になる可能性は大ですよね。
彼女の歌、その存在は時代が求め、時代が育てあげたもの。
彼女の登場までの時代背景は、東大安田講堂の事件があり、学生運動の挫折から退潮など「敗北と絶望の時代」とも言える空気が日本中を覆っていました。そんな中 登場した藤圭子は、時代に疲れたやるせない人の心に、静かに寄り添っていきました。だからしみじみ懐かしまれるのでしょう。
芸能界にはかつて、藤圭子さんのように希有な個性を持ち、荒々しいとも言える生き様が、まんま商品価値に繋がっていた俳優さん、女優さん、歌手がいました。ところが最近では、インターネット普及によるものか、平均的で一見「健康的であるかのような生き方」しか許されなくなってしまったのは残念なことです。好みや美意識も画一的で、面白みがありません。
また、何かというとネットに投稿して、人の行動をあれこれ非難したりするのも、考えもの!見張り合うようなことをせず、みんな自由に生きたらいいのになぁと私は思います。藤圭子さんご冥福をお祈り致します。
藤圭子とその時代
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